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2013年04月20日

【会津の歴史】会津若松城(鶴ヶ城)

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会津若松城(鶴ヶ城)
福島県会津若松市追手町1-1


1384年(南朝:元中元年、北朝:至徳元年)、蘆名氏7代当主の蘆名直盛が小田垣の館または東黒川館という館を造ったのが若松城のはじまりとされる。

伊達政宗が蘆名家を破り居城とした後、代わって会津地方を治めた蒲生氏郷の手によって、7層の天守を持ち、石垣を多用した東北随一の堅城へと改修され、鶴ヶ城と命名された。

上杉景勝蒲生秀行加藤嘉明と城主が変遷し、続いて入城した嘉明の嫡男・明成が天守を5層に改築し、城内を現在の形に整備。明成の改革後は江戸時代を通して会津松平家が城主を務め、幕末の戊辰戦争では、旧幕府軍の拠点となって、1ヵ月にわたる籠城戦の末に開城された。

明治時代には、建造物はほぼ取り壊されたが、現在は天守や櫓が再建されている。



会津若松城は、南側に流れる湯川がにつくる扇状地築かれた。
五角形の本丸と帯曲輪の東側に二の丸、三の丸が連なり、本丸と二の丸は水堀と土塁で、三の丸は土塁でそれぞれ守られている。
本丸と帯曲輪には7基の櫓が建てられ、その出入口がある北と西には、出丸と呼ばれる水堀に囲まれた曲輪が設けられて防備を固めていた。また、家臣の屋敷地を囲んだ約6kmに及ぶ外堀もつくられていた。








会津若松城(鶴ヶ城)
福島県会津若松市追手町1-1

開城時間  (天守閣への入場)
8:30〜17:00(入場締め切りは16:30)

休館日  無休

料金  天守閣   大人400円、小中学生150円

posted by 夢子 at 07:43| 会津若松の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする