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2013年05月13日

神明通りの東裏にある興徳寺、蒲生氏郷の墓

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蒲生氏郷の墓がある興徳寺へ。

19時前で薄暗かったのでお寺がわかるか心配でしたが、神明通りのところに『蒲生氏郷御墓入口』と石がありすぐにわかりました手(チョキ)


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興徳寺は戊辰戦争のとき、松平容保の弟、桑名藩第4代藩主・定敬が宿泊しています。

これは全然知らなかった。やっぱ歴史は現地現物ですね。

戊辰戦争のときに堂宇はすべて焼失し、昔の面影はないもないです。

私が行ったときは薄暗かったので、もし面影が残っていても全然わからなかったと思うけどね。


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城下町の整備と産業を興した蒲生氏郷公の墓

墓前には、『限りあれば吹かねど花は散るものを心短き春の山風』の辞世の歌碑がありますが暗くてよく見えず。よって写真もありません(^^;;

蒲生氏郷の五輪塔(墓)は、氏郷没後に子・蒲生秀行によって建立されたもので、病のため京都で亡くなった氏郷の遺髪がおさめられています。

会津って戊辰戦争や白虎隊が有名だけど、個人的には蒲生氏郷の偉業はすごいと思っている。だから、墓詣りができてよかった。


興徳寺
福島県会津若松市栄町2-12




posted by 夢子 at 15:58| 旅行記・2013年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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